なぜパンプキン爆弾と呼ばれていたのか?
みなさんは、パンプキン(Pumpkin)という英語を聞くと何をイメージされますか?ハロウィンで見かけるオレンジや黄色のもの、もしくはスーパーで見かける緑色のものを思い浮かべたのではないでしょうか?一般的にパンプキンは野菜の「かぼちゃ」を意味します。
ところが、太平洋戦争中に”Pumpkin”と呼ばれる爆弾が日本に投下されていました。これはどんな爆弾なのでしょうか?
パンプキン爆弾とはこの爆弾に付けられた愛称、いわばニックネームです。爆弾の形がかぼちゃのようにずんぐりしていることから付けられたと言われています。ほかの爆弾が細長い形をしている中で、パンプキン爆弾だけ丸っこくずんぐりとした形をしていたため特別なニックネームがつけられたのです。
また、パンプキン爆弾に塗られていた色がかぼちゃに似ていたからとも言われますが、実際どんな色だったのかは諸説あります。
どんな爆弾だったのか?
パンプキン爆弾は、太平洋戦争中にアメリカ軍が作った爆弾で、正式名称を「1万ポンド軽筒(けいとう)爆弾」と言います。1万ポンドをキログラムに直すと約5000キログラム。つまり約5トンもの重さがあったことになります。これは、街中ではたらく中型のトラック(4トン)よりも重たく、動物園で見かけるおとなのインドゾウ1匹(約5トン)に近い重さです。この爆弾は太平洋戦争中にアメリカ軍が日本に落とした爆弾の中で最も重く、次に重たい4000ポンド(約2トン)爆弾と比べても2倍以上の重さがありました。
パンプキン爆弾が原子爆弾と関わりが深い理由
このパンプキン爆弾はただの爆弾ではありません。なぜなら、パンプキン爆弾のずんぐりな形状は、長崎に投下された原爆にわざと似せて作られていたからです。そのため、パンプキン爆弾は戦争が終わる直前に投下された原子爆弾ととても深い関係があります。
戦争中に、アメリカは原爆を開発する計画(マンハッタン計画)を進めました。この計画に成功したアメリカは、形の違う2発の原爆を手に入れたのです。ひとつは広島に落とされたリトルボーイ(小さい男の子、少年)という細い原子爆弾で、今までの爆弾と似たような形をしていました。問題はもうひとつの方でした。長崎に落とされたファットマン(ふとっちょ、デブ公)はずんぐりとした形をしていて、これまでの爆弾とは違う形だったのです。そこで、この爆弾の落とし方を学んだり、投下を担当する乗組員を練習させる必要ができました。そのために、パンプキン爆弾が作られました。
パンプキン爆弾は、太平洋戦争が終わる直前の1945年7月20日から投下が始まりました。終戦までに福島県よりも西の日本各地に49発ものパンプキン爆弾が投下されました。パンプキン爆弾の中には、爆弾を爆発させるための火薬が詰め込まれており、軍や工場を目標に「空襲」を行うことで原爆投下への準備が進められました。そのため、パンプキン爆弾を使用した空襲によって犠牲になられた方や怪我をされた方も多数おられます。
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